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東京高等裁判所 平成4年(ネ)322号 判決 1992年11月24日

主文

一  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

二  被控訴人の右請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

【事 実】

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

主文と同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被控訴人は、保険金を詐取する目的で妻を殺害したとして起訴され、無罪を主張している者であり、控訴人は、図書及び雑誌等の出版等を目的とする会社で、写真週刊誌「フラッシュ」を定期的に発行している。

2  控訴人の従業員で「フラッシュ」の編集長である鈴木紀夫は、右週刊誌の記事作成及び公表の責任者として控訴人の業務を行つていたところ、右「フラッシュ」誌の一九九一年一月二二日号において、本判決末尾に添付の三頁からなる保険金殺人事件に関する記事(以下「本件全記事」という。)を掲載して発行したが、その一頁目には、「『保険金殺人&疑惑』事件・その悪の系譜」とのタイトルが付せられ、その三頁目には、「戦慄させられた凶悪犯罪を振り返る」との大見出しが付せられて、「殴打に銃撃……『ロス疑惑』事件」との見出しのもとに、被控訴人に関する記事(以下「被控訴人に関する本件記事」という。)及び写真を掲載した。

3  写真週刊誌は、視覚的な報道を主体とし、新聞等の活字媒体と比べ、記事を読む一般読者の受け止め方が異なり、タイトル、見出し及び掲載写真に重きを置いて読み過ごされがちであることは、経験則上明らかである。控訴人もこのような写真週刊誌の存在価値を認め、それをセールスポイントにし、活字を主体とする週刊誌とは別に、「フラッシュ」を発行しているのである。そして、このような写真週刊誌である「フラッシュ」に前記のようなタイトル及び見出しを付して被控訴人に関する本件記事及び写真を掲載することは、これを読む一般読者に対し、あたかも被控訴人が保険金殺人事件という「凶悪犯罪」の犯人であるとの印象を強烈かつ明白に与えるものである。

4  被控訴人に関する本件記事が「フラッシュ」に掲載されて頒布されたため、被控訴人の社会的評価は著しく低下し、その信用は失墜し、被控訴人は多大な精神的苦痛を受けた。この精神的苦痛を慰籍するためには、五〇〇万円の慰謝料をもつてするのが相当である。

5  よつて、被控訴人は控訴人に対し、民法七一五条一項に基づき、損害賠償として五〇〇万円及びこれに対する本件記事が掲載頒布された日である平成三年一月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  控訴人の請求原因に対する答弁

請求原因1及び2の各事実は認めるが、同3及び4の各事実は否認する。

三  控訴人の抗弁

1  被控訴人は亡三浦一美(以下「亡一美」という。)に対する殺人未遂の罪(殴打事件)で起訴され、東京地方裁判所において昭和六二年八月七日懲役六年の有罪判決を受け、現在控訴審で係争中であり、また、亡一美に対する殺人の罪(銃撃事件)で起訴され、次いで亡一美を被保険者とする保険金の詐欺の罪で追起訴され、現在東京地方裁判所で審理中の者である。

2(一)  ところで、平成二年一二月、父親が保険金目当てに娘を殺害した「群馬の美子ちやん殺害事件」が発生した。「フラッシュ」編集部では、折から「トリカブト毒死疑惑事件」がマスコミで大々的に報道されていたところであり、保険金にまつわる事件の多発化の原因を検証し、かつ、広く一般市民の身の回りに起こり得る事件として読者の注意を喚起し、警鐘を乱打するため、保険金殺人事件と疑惑事件を集大成することとした。

(二)  そして、保険金殺人事件と疑惑事件の集大成において、被控訴人の「ロス疑惑事件」は欠かすことができないほど一般市民の関心をひいたものであつたので、被控訴人に関する本件記事を含めたのである。しかし、「ロス疑惑」は現在公判中であり、かつ、被控訴人が無罪を主張している事件であるため、本件全記事のタイトルに「&疑惑」を加え、被控訴人に関する本件記事の見出しにも「ロス疑惑」を付し、タイトル及び見出し自体からも、有罪が確定していないことを強く示唆し、また、被控訴人に関する本件記事の本文の内容は極力客観的な事実関係の記述にとどめ、被控訴人の基本的人権に十分に配慮した記事作りをしたのである。

(三)  「フラッシュ」は、写真週刊誌であるが、写真週刊誌はタイトル、見出し及び掲載写真に重きが置かれ、本文が読み過ごされがちであるというものではなく、写真を利用して事件を視覚的に報道することを使命とするから、記事の評価は、タイトル、見出し及び記事本文の内容を総合して判断すべきであつて、このことは他の紙誌と区別されるべきものではない。本件全記事のうち被控訴人に関する本件記事の本文は、被控訴人が「ロス疑惑事件」で公判中であること等真実を記載したものであり、これとタイトルにある「&疑惑」と合わせ読めば、被控訴人を保険金殺人の罪を犯した者と断定した記事とはいえない。「悪の系譜」、「凶悪犯罪」という表現は、「人を殺したうえに、金まで騙し取る……最も卑劣な犯罪の一つである『保険金殺人』」との本件全記事のリードに呼応した保険金殺人罪に対する一般的評価を表すものであり、被控訴人の個人的な悪性を印象づけるためのものではない。右表現は、報道された事実、起訴された事実、一審有罪となつた事実を基にして、そのような事実が仮に真実であるとしたならば、犯罪の類型としては「凶悪犯」といえるから、他の有罪が確定した事件とともに類型化したにすぎない。

(四)  被控訴人は、前記1のように、銃撃事件及び保険金詐欺事件で有罪が確定していなくても、これらに関与していないことを前提とする社会的評価を享受しうべきものではなく、これらについて起訴された者が受けるべき社会的評価に甘んじなければならないものというべきである。このような立場の被控訴人については、被控訴人に関する本件記事に付された見出しが多少刺激的な表現となつていても、これをわざわざ本文から切り離して、名誉毀損を問題とすべきものではない。

3  以上のように、被控訴人に関する本件記事を含む本件全記事の掲載頒布は、犯罪報道という公共の利害に関する事実にかかり、もつぱら公益を図る目的からしたものである。そして、ある者が犯罪を犯した疑があるとの記事(以下「犯罪の疑形式の記事」といい、右の者を「容疑者」という。)は、容疑者が当該犯罪を犯したことがではなく、その疑いがあることが証明されたときには真実性の証明があつたものとして違法性が阻却されるものと解すべきであるところ、被控訴人に関する本件記事は、前記(三1)のように被控訴人が犯したとして起訴された犯罪につき、被控訴人がこれを犯した疑いがあるとして報道したものであるから、真実の報道として違法性が阻却されるものというべきである。

4  控訴人の「フラッシュ」の編集長鈴木紀夫は、被控訴人が前記(三1)のように被控訴人が犯したとして起訴された犯罪につき、被控訴人がこれを犯した疑いがあると信じて、被控訴人に関する本件記事を掲載頒布したものであるから、被控訴人の名誉を侵害する故意又は過失がなかつたものというべきである。

四  抗弁に対する被控訴人の認否

抗弁1の事実は認めるが、その余は争う。

第三  証拠《略》

【理 由】

一  請求原因1及び2の各事実並びに抗弁1の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因3について判断することとする。

1  《証拠略》によると、被控訴人に関する本件記事の本文は、「ロス疑惑・銃撃事件で殺人罪などに問われている三浦和義被告(43歳)は、「あの逮捕劇」から5年余りの歳月が流れ、6度目の正月を獄中で迎えた。月に1、2回開かれている東京地裁の1審裁判も、検察側立証が最終段階に入つており、今年3月ごろから弁護側の反証に入る予定だ。そんななかで、被害者・三浦一美さん(当時28歳)の父・佐々木良次さんが昨年12月21日、肝臓がんのため死去。享年58歳」というものであることが認められる。右記事のうち犯罪に関する部分は、被控訴人を右事件についての殺人罪等の犯人と断定したものではなく、前記争いのない抗弁1の事実をありのまま報道したものであることが明らかである。右本文は被控訴人の名誉を違法に侵害したものではないというべきであり、この点は、被控訴人も争つていない。

2  ところで、「フラッシュ」のような写真週刊誌は、一般大衆に読まれ、タイトル、見出し又は写真それ自体によつて読後感が形成されやすいものであるから、記事全体を精読すれば別の意味にとられる場合でも、一般読者の普通の注意と読み方とを基準にして、タイトル、見出し又は写真それ自体による名誉毀損の成否が問題となるものというべきであり、被控訴人もこの観点から、被控訴人に関する本件記事を含む本件全記事による被控訴人の名誉毀損を問題とするので、以下この点について検討する。

本件全記事は本判決末尾に添付のとおりであるが、その構成の概要は、最初のページに、「「保険金殺人&疑惑」事件・その悪の系譜」とのタイトルを付け、その右横上に、「失敗しても跡を絶たず…」との文言を付し、右タイトルの左横上に、「人を殺したうえに、金まで騙し取る…最も卑劣な犯罪の一つである「保険金殺人」。昨年末の美子ちやん殺し、注目を集めているトリカブト疑惑など、「灰色」のものを含めてその実態を再検証する!」とのリードを付して、まず、「群馬・美子ちやん殺害事件」、「「借金を返済したかつた…」と娘の命を奪つた冷血の父」との見出しのもとに、右事件の記事を掲載し、次のページに、「トリカブト毒死疑惑事件」、「渦中のK氏は失踪中…警視庁はチームを組んで本格捜査開始か!?」との見出しのもとに、右事件の記事を掲載し、ついで、次のページに、「戦慄させられた凶悪犯罪を振り返る」との主見出しのもとに、右半分を三段に分け、上段に「別府3億円殺人事件」、「ドラマ化までされた典型的保険金殺人事件」の見出しのもとに、妻と連れ子に多額の生命保険をかけたうえ殺害し死刑判決を受け、上告中被告人が獄死した事件の記事を、中段に本件記事を(前記「殴打に銃撃…「ロス疑惑」事件」、逮捕から五年余…一美さんの父も昨年末、死去」の見出しが付されている。)、また、下段に「名古屋・実の娘撲殺事件」、「冷酷無比!「代理人」を使い20歳の娘を惨殺」の見出しのもとに、保険金目当てに他人を使つて実娘を撲殺した事件の記事を、それぞれほぼ記事の半分を占める写真を記事中に配して掲載する形をとつている。なお、本件記事の部分には、被控訴人が殴打事件で逮捕され報道された際の写真が記事の左半分に掲載されている。そして、その同じページの左半分には、大正一五年間から平成二年までの間に発生した主な保険金殺人事件として一〇件が一覧表にされ、事件の概要の要約が記載されているという構成をとつている。

3  本件全記事は、有罪判決が確定した事件のみでなく、公訴が提起されているが、有罪判決が確定していない事件及び捜査機関が未だ捜査中である事件等にもわたり真犯人と断定できない者についての記事を含むため、このことを明らかにするため、タイトル及び見出しには、ことさら疑惑という文字が付加されている。

被控訴人に関する本件記事が掲載されているページには、前記主見出しである「戦慄させられた凶悪犯罪を振り返る」が、三段に分けられた各記事の右側を貫く形で、大きな字体でもつて記載され、その表現はやや刺激的であるが、同じページの上部左側には、「保険金殺人&「疑惑」事件…」との見出しがあるうえ、被控訴人に関する本件記事には、「ロス疑惑」事件との見出しが付されており、前記本文と併せて読めばもとより、右見出し自体も被控訴人が保険金殺人事件の犯人と断定したものではないことは、一見明らかであると認められる。

被控訴人は、写真週刊誌は、視覚的な報道を主体とし、新聞等の活字媒体と比べ、記事を読む一般読者の受け止め方が異なり、タイトルないし見出し及び掲載写真に重きを置いて読み過されがちであるから、右タイトル等は、被控訴人が保険金殺人事件という凶悪犯罪の犯人であるとの印象を与えるものであると主張するが、右タイトルや見出し自体にも、「ロス疑惑」であるとか、「保険金殺人&疑惑」との有罪が確定していないことを示す文言が挿入されているのであるから、これを一読すれば、被控訴人が保険金殺人事件の犯人であることを断定的に記載したものでないことは容易に判読できるのであつて、写真週刊誌が視覚的な報道を主体とするものであることを考慮しても、右タイトルや見出しによつて、一般読者が本件全記事ないしはその一部である被控訴人に関する本件記事から、直ちに被控訴人主張のような印象を受けるものとはいえない。

4  そうすると、本件全記事を読む一般読者に対し、被控訴人が保険金殺人事件という凶悪犯罪の犯人であるとの印象を強烈かつ明白に与えたとの請求原因3の事実はこれを認めることはできないものというべきであるから、被控訴人の本訴請求は、この点においてすでに理由がないものというべきである。

三  のみならず、次の点からも被控訴人の本訴請求は理由がない。

被控訴人に関する本件記事を含む本件全記事の掲載頒布は、犯罪報道という公共の利害に関する事実にかかり、もつぱら公益を図る目的からしたものといえるから、右記事の内容が真実であるときには、違法性が阻却され、不法行為を構成しないものというべきである。

ところで、当該記事が犯罪の疑形式の記事である場合、真実性の証明の対象は、容疑者が当該犯罪を犯したことであると解すべきであるか、あるいは容疑者が当該犯罪を犯した疑いがあることであると解すべきである(大阪高等裁判所昭和二五年一二月二三日判決・高等裁判所刑事判決特報一五号九五頁)かについては、問題のあるところであるが、容疑者が当該犯罪の犯人として起訴されていることが主張・立証された場合においては、当該犯罪につき一審又は二審で有罪判決があつてこれが確定していないときはもとより、有罪判決がない段階にあつたとしても、真実性の証明があつたものとして違法性が阻却されるとするのが、犯罪報道の自由と容疑者の基本的人権の調和を図るゆえんであると解すべきであるところ、被控訴人に関する本件記事は、前記のように被控訴人が犯したとして起訴された犯罪につき、犯した疑いがあるとして報道したものであるから、真実の報道として違法性が阻却されるものというべきである。この点からも被控訴人の本訴請求は理由がないものというべきである。

四  以上のとおり、被控訴人の本訴請求の一部を認容した原判決は相当でないから、原判決のうち控訴人敗訴の部分を取り消し、右部分についての被控訴人の本訴請求を棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 長野益三 裁判官 犬飼真二)

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